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2009年04月06日 19時01分

昨日の日曜日、少し時間があったので近所の以前より気になる神社

にお参りに行きました。というのも、うちに出入りの業者さんが昔、天下

に住んでいて『天下神社』(アモリジンジャ)でよく遊んだそうで、最近久々

に神社の前を通りかかり、お参りしたそです。彼いわく「大変な神さん

が祭られていますよ・・・先生(私のこと)だったらきっと解るはず、

いってみてん!」と言っていたのを思い出して、この機会にお参り

してきました。

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資料によりますと・・・・
天下神社は上ノ原と呼ばれる丘陵の上にあり、この上ノ原丘陵には
天下神社境内にある南方古墳群の一号墳、二号墳を含めて九基の
古墳が点在しています。

一号墳は、全長71mの柄鏡式前方後円墳で、今日まで発掘調査は
されておらず、内部は不明。

一号墳の東約30mに位置する二号墳は、径25m、高さ4.1mの円墳で
封土の一部を失っており、石室の一部と思われる巨石が露出していて、
明らかに石を割るために打込んだと見られる楔痕が斜めに続いている
のが見えます。

天下神社は一号墳と残された二号墳との間30mに建っていることに
なりますが、神社を建てるために二号墳を解体しようとしたのか、
それとも、誰かが破壊しようとして途中で中止した二号墳を祀るために
神社を建てたのかはわかりません。



現地の天下世話人会がたてた由緒書きには
【言ひ伝えによりますと、村の人々が神社の建設の際山を切り取った
時に石が出て来たので石工が神社の石段として割り出さうとした
ところ頭上に多くのカラスが舞い下りて仕事をとめるように鳴き散らし
又仕事にたずさわっていた人々が倒れる等した為割ってはならない石
であらうと言うことで作業を取り止め現在に至ったものであります。】

また【この古墳は高さ二米八○、直径東西二十六米五○、南北十二米、
の大きさで、大正十二年十一月十六日、元延岡城主内藤家の協力にて
考古学者石塚直太郎博士と村上兄一氏が東京より招聘され調査の
結果、ご神体はニニギノミコトの塚であると今日まで伝えられ
ています。】と続いています。



天下神社の境内にある南方古墳群の一号墳、二号墳のある場所は、
霊的な感覚に鈍感な人でも、何かを感じさせる雰囲気があります。
何か背筋がゾクゾクする感覚に陥りました。



二号墳の脇の立て看板に「この場所の土を外へ持ち出すとどんな
たたりがあるかわからないので、けっして土を持ち出してはならぬ」
という趣旨のことが書かれていました。



境内の中は、ただならぬ雰囲気に包まれていて、興味本位で
行くところではないなぁと痛切に感じさせられました。

このニニギノミコトの塚だとすれば本当に大変なことになります。
なにせ天皇家ご先祖で、一番最初に地上に降り立った神
だからです。天皇家の方々が、そのうち御参りにこられるかも
しれませんね。・・・高千穂:arwright:延岡:arwright:日向:arwright:奈良
と古代の歴史は移り変わっていきました。

天下町の由来も“てんか”ではなく
天から降りる(あまからおりる)・・・・あまおり・・・あもり・・・:!!:

ちなみにニニギノミコトは神武天皇の曽祖父にあたる方です。

延岡ってスゴイとこかもしれませんね・・・・:**: